インドは世界最大の二輪車市場を誇り、急速に成長する自動車産業を有しています。特に、EV(電気自動車)化における進展には目覚ましいものがあり、政府の政策や充電インフラの整備が加速しつつあります。しかしその一方で、産業の成長とともに、排出ガス規制や交通渋滞などといった課題も浮き彫りにされています。本記事では、インド自動車産業の特徴とEV化の動向について詳しく解説していきます。
インドの自動車産業
インドの自動車産業の特徴
インドの自動車産業は多岐にわたりますが、その中でも特徴的な点は二輪車の市場規模の大きさにあります。インド国内の交通手段として、二輪車の重要性はかなり高く、低価格で手に入れやすい車両が量産されています。また、四輪車の市場も急速に拡大しており、特に都市部での需要が高まりつつあります。多くの国内外自動車メーカーがインドに工場を構えており、その製品は国内市場だけでなく、世界中に輸出されてもいます。自動車生産の拡大に伴い、自動車部品産業も著しい成長を遂げ、大手の組み立てメーカーの周辺には、部品メーカーが集積し、調達の効率化が図られています。
巨大な二輪車市場
インドの二輪車市場は、世界で最も巨大な市場として知られており、多くの家庭が二輪車を所有しています。人口密度の高いインドでは、二輪車が交通手段として都市、農村を問わず、非常に重要な役割を果たし、それは交通渋滞が頻発する都市部においてはなおのことと言えます。さらに、二輪車の価格帯は比較的安価であることから、経済的な事情を抱える消費者にとっても手に入れやすいのです。燃費の良さや簡単な操作も幅広い年齢層からの支持を得ている理由の1つとなります。インドの二輪車の国内販売台数は、日系メーカーを含む上位7社(Hero、Honda、TVS、Bajaj、Suzuki、Royal Enfield、Yamaha)で全体の99%を占め、この7メーカーが市場拡大を牽引し続けています。(出所:ジェトロ)
四輪車市場の成長
インドの中間所得層の拡大とともに、車の所有が一般的になりつつある状況下、四輪車市場は急速に成長しており、都市部での需要増加が際立っています。乗用車では多目的自動車(UV)がトレンドとなっており、2023年度には過去最高の販売台数を記録しました。また、車種別ランキングでは、長年マルチ・スズキのコンパクトモデルが首位をキープしており、根強い人気があります。
インド政府は、製造業振興策となる「生産連動型優遇策(PLI)」にて、自動車産業へも経済的に支援しており、四輪市場の成長を後押する要因となっています。この政策により、インドブランドのメーカーが成長し、海外ブランドの進出も加速しています。
自動車部品産業の発展
自動車部品の製造拠点としても重要な役割を果たすインドは、インド自動車部品工業会(ACMA)によると、2023年度時点での売上は593億米ドルに達し、着実に成長を続けています。この成長は、国内の自動車生産及び売上増加に加え、政府の産業政策、特に、「Make in India」による製造拠点誘致が促進しています。政府は外国直接投資(FDI)も奨励しており、産業の競争力を高めています。
多くの外資系企業が進出し、最新の技術を取り入れたことが、インドの自動車部品の品質向上、輸出増加に寄与しています。政府は電気自動車(EV)の普及を目指して、EV関連部品の開発支援策も打ち出しており、新たな技術革新によって、産業がさらに拡大していくことが予想されます。
EV化の推進
インドの自動車産業は、政府主導のもとEV(電気自動車)化を推進しています。環境への配慮が求められる流れの中、環境対策だけでなく、国内製造業の振興も図っていると考えられています。
政府のEV推進政策
インド政府は、2030年までに新車販売に占めるEVの割合を、乗用車で3割、商用車で7割、二輪車・三輪車で8割まで引き上げるという意欲的な目標を掲げています。目標達成に向け、政府は生産面と販売面という両側面からEV普及促進を図っています。生産面では、PLIスキームに基づき、EVや燃料電池車(FCEV)生産工場の新設・拡張を行う企業に補助金を支給し、一方、販売面では「FAMEプログラム」を通して消費者向けにEV購入時の補助金などを提供しています。
EV普及推進には、国内製造業振興の目的もあります。EVの完成車輸入には高い関税を課す一方で、製造拠点誘致のため、一定条件を満たすEVについては関税軽減により優遇するという措置をとっています。政府は、製造業振興による雇用創出や貿易赤字削減を目指しており、EV産業を自動車産業における新たな可能性として重要視しています。
充電インフラ
EVに欠かせない充電インフラは、都市部を中心に整備が進められています。2024年10月には、インド重工業省より、全国でのEVの導入加速、充電インフラを確立することを目的とした「PM E-DRIVE(PM Electric Drive Revolution in Innovative Vehicle Enhancement)」の承認が発表されています。このスキームでは、購入時補助金だけでなく、充電インフラにも十分に予算が充てられています。EV普及率の高い都市や高速道路に急速充電器を設置(EV四輪車用22,100基、EVバス用1,800基、EV二輪車・三輪車用48,400基)するため、200億ルピーを確保するとされ、充電インフラの普及に期待が寄せられています。(出所:Press Information Bureau)
自動車産業拡大による課題
インドの自動車産業は急成長していますが、その成長の裏には多くの課題も存在します。環境問題や交通渋滞、交通事故の増加が顕著であり、大きな社会問題にもなっています。
自動車排出ガス規制
インドでは大気汚染が深刻で、その主な原因は自動車からの排出ガスとされています。インド政府は、環境規制を強化し、車両の排出ガス基準を厳しくすることで、環境への負荷を減らすことを目指しています。排出ガス規制である「バーラト・ステージ(BS)」は、EU規制を基に作られており、2000年から順次導入されています。BS1からステージが上がるにつれて規制が厳しくなりますが、インドは2020年からBS6に移行し、世界で最も厳しい基準となりました。特に、古い車両、ディーゼル車に厳しく、デリーなどの都市部では走行規制の対象になります。規制強化により、自動車メーカーはそれをクリアするための新技術やエンジンの改良が求められており、EV化も進んでいます。
交通渋滞・交通事故
インドの都市部では、急速な都市化と人口増加により交通渋滞、交通事故が深刻な問題となっています。主要都市では、帰宅ラッシュにあたる午後7〜8時の渋滞が最もひどく、平均で115%の混雑率となっています。また、インドは世界的にも交通事故死亡者数が多い国の1つです。在インド日本国大使館が公開している「安全の手引き」では、スピード違反や信号無視などルールを守らない運転手が多いことが要因として挙げられており、注意を呼びかけています。
交通渋滞、交通事故には、政府による道路や公共交通機関(地下鉄、モノレール等)の整備、交通ルールの厳格化などの対策が進められています。また、インドのスタートアップや日本企業も、独自の技術を用いた課題解決が期待されています。
まとめ
インドの自動車産業は急速に成長しており、中でも、二輪車市場と四輪車市場の拡大は著しいものがあります。政府のEV化推進政策や充電インフラの整備により、環境に優しい電気自動車の普及も進んでいます。しかしその一方で、交通渋滞や交通事故、排出ガス規制の強化など、対策を打つべき問題が多く残されています。そのため、インフラ整備や技術革新が、今後の自動車市場成長において重要な役割を果たすと考えられます。インド市場に進出する際は、現地の市場環境や政府の政策を十分に理解し、戦略を練ることが成功への鍵となるでしょう。