インドは今や世界屈指のIT大国です。その急成長の背景には何があるのでしょうか?本記事では、インドのIT産業の発展を支える政策、人材育成、そして各地のITハブについて解説します。
インドのIT産業
インドのIT産業の特徴
インドのIT産業は、多様な分野での成長が特徴です。中でも、IT-BPM(ITを活用したビジネス・アウトソーシング)と海外向けソフトウェア開発は大きな柱となっています。IT-BPMは、主に輸出面において大きく成長しており、2014年から2021年の間で約2倍も輸出額を伸ばし、雇用創出にも大きく貢献しています。海外向けソフトウェア開発は、欧米企業向けに主力をおいており、IT産業の成長を牽引しています。2019年に発表された国家ソフトウェア製品政策には、市場シェアの拡大を目指すことや技術系スタートアップ企業の支援などが盛り込まれており、グローバルなソフトウェア製品市場でのインドの存在感をさらに高めています。(出所:CICC)
デジタル・インディア
「デジタル・インディア」とは、国全体のデジタル化を推し進め、誰もがデジタルサービスを利用できるようにするためのプログラムを指します。2015年にスタートしたこのプログラムは、第2次モディ政権発足後の今でも継続して政府が推進し、具体的に以下の3つの重点分野と9つの成長分野を設定しています。
ビジネスの効率化と透明性を高め、地方にもデジタル経済の恩恵を行き渡らせることを重視しており、国の経済発展と社会の誰もがデジタル技術を活用できることを目指しています。このようにデジタル・インディアは、インドのデジタル化に大きく影響を与えているのです。
インドでIT産業が発展した理由
インドがIT大国になれた背景には、いくつかの要因があります。1つは、英語が準公用語とされていることです。インドの主なIT輸出先である米国とのやり取りはもちろん、最新情報へのアクセスが容易なことはインドIT産業の発展に大きく寄与しています。また、米印間の12時間という時差が、24時間体制での業務に好都合であるという点が、アウトソーシング事業発展を後押した背景のひとつとしてあります。
インド政府による産業政策もIT産業が発展した大きな理由です。1980年代後半の経済自由化以降、インド政府は規制緩和や外資誘致を推進し、税制優遇やインフラ整備を通じて多国籍企業の進出を促しました。これによりIT産業が急成長し、デジタル化と新興IT企業の成長が一気に進むことになりました。カースト制度もIT産業の発展に関係しています。伝統的なカースト制度では、職業の選択肢が生まれつき決められていましたが、ITという新たな分野では、カーストにとらわれることなく道を切り開くチャンスとなり、IT業界を志す人が増えたのです。
IT人材の育成
インドは、自由経済へ移行後、政府と民間企業の協力のもと、IT人材育成に力を入れてきました。特に、インド工科大学(IIT)をはじめとする高等教育機関の設立と強化により、世界トップレベルのエンジニアを輩出することになり、IITの卒業生からGoogleやMicrosoftのCEOなど、グローバル企業を牽引するリーダーの活躍が見られるようになりました。
近年では、2020年の国家教育政策においてICT教育が重視され、オンライン学習環境の整備が進められています。これにより、都市部だけでなく、地方の学生もITスキルを習得しやすくなり、IT人材の裾野が拡大しています。(出所:国立研究開発法人 科学技術振興機構)
インドの主要なITハブ
ベンガルール
「インドのシリコンバレー」と呼ばれるベンガルールは、インドIT産業の中心地でありITエンジニアの人材が豊富な都市です。GAFAMをはじめとする多くの国内外の企業が拠点を構え、最新の研究・開発を進めています。製造、金融、小売といったさまざまな業界もIT戦略の拠点としており、データ分析や自社システムの開発などを行なっています。
ベンガルールは活動的なスタートアップエコシステムを有しており、スタートアップ企業の数は年々増加しています。特にフィンテック、ヘルスケアテクノロジー、AIなど革新的な分野で多くのスタートアップが躍進しており、グローバル市場での競争力を高めています。
ハイデラバード
インド第2のIT都市といわれるハイデラバードは、Google、Apple、Microsoft、Amazonなどが開発拠点を設けているIT産業の集積地です。IT集積地となった背景としては、テランガナ州政府の積極的な誘致策が挙げられます。州政府は、海外企業が容易に進出できるよう、規制緩和や税制優遇などの政策を展開し、特に「TS-iPASS」というワンストップサービスは企業の拠点設立手続きを簡素化したという点で顕著な例となります。(出所:JICA)
さらに、ハイデラバードはスタートアップ企業の育成にも力を入れています。「T-Hub2.0」のようなイノベーション施設の開設により、スタートアップ企業にオフィスや開発施設を提供し、新たなビジネスの創出を支援しています。
プネー
プネーは「東のオックスフォード」と呼ばれており、教育と研究の中心地として知られています。IT産業が急成長を遂げる中、毎年学生の中から多くの優秀なIT人材が輩出されています。若くて才能のある労働力を確保できる都市であるため、Amazonなどの有名企業も拠点を置いており、特にBPOやITサービスの拠点として成長しています。また、マハーラーシュトラ州によるIT業界への優遇措置やインフラが整っていることから、GIC(主にITサポートやカスタマーサポート、データ分析などの業務を行うオフショアセンター)の設置先としても人気を集めています。特に自動車、ソフトウェア・インターネット、エネルギーなどの分野において存在感を示しています。(参考:ジェトロ)
主なIT分野
ソフトウェア開発
インドではオフショア開発が盛んであり、世界的な企業からも依頼があるなど、IT業界の中でも重要な分野となっています。政府は「国家ソフトウェア製品政策」を打ち出し、2021年に130億ドルであった産業売上を2026年までに300億ドルまで引き上げ、国内外向けのソフトウェア製品開発国を目指しています。
AIなどデジタル変革が必要とされる中で、最新のテクノロジーへの抵抗が少ないインドのIT企業は躍進を続け、ソフトウェアサービスの輸出市場規模は、2024年に1,516億ドルに上り2029年には1,891億9,000万ドルに達すると予測されています。ソフトウェア製品のスタートアップへ向けた支援も構築されているため、今後さらなる市場の拡大が見込まれます。(出所:Mordor Intelligence)
BPOサービス
BPOサービスとしては、コールセンターやバックオフィスサービスにおいて多言語サポートや高品質な顧客対応によって高い信頼を得ており、効率的な業務処理を可能としています。金融、医療、製造業など、幅広い業界でサービスを提供し、各産業に特化した業務プロセスが強みです。例えば、金融分野では、クレジットカードの管理やローン処理、保険の請求処理、医療では、医療請求の処理や電子カルテの管理などが行われています。
従来の単純なアウトソーシングに加え、近年ではデータ分析やAIを活用した高度なサービス提供へとシフトしつつあります。デジタル技術の発展と豊富なIT人材を背景に、インドのBPO市場は今後もさらなる成長が見込まれます。
テクノロジーソリューション
インドの企業は積極的に新技術の導入を進めており、AI、IoT、ブロックチェーンといった先端技術の研究開発に取り組んでいます。NasscomとBCG社のレポートによると、AI市場は年平均成長率25~35%とされ、2027年までに170億米ドルに達する見込みとされています。(出所:国立研究開発法人科学技術振興機構)
スタートアップはこの分野で重要な役割を果たしており、革新的な技術ソリューションを次々と開発しています。特に、フィンテック、ヘルステック、スマートシティ関連の分野でのソリューションは国内外で高く評価されています。インド政府も政策を通じてスタートアップを支援し、その成長を後押ししています。また、多くのグローバル企業がインドのスタートアップとの連携を模索しており、インドのテクノロジーエコシステム全体の強化につながっています。
まとめ
インドがIT大国として世界で成功を収めている背景には、政府の積極的な政策、教育機関からの優秀な人材供給、主要なITハブ都市の成長といった多くの要因があります。それゆえ、インドのIT産業は、多様な技術分野での成長を遂げ、世界中の企業にとって不可欠なパートナーとなりつつあるのです。インド市場への進出を検討する際には、これらの特徴と強みを理解し、戦略を立てることが成功の鍵となるでしょう。